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私が今まで書いてきた詩を掲載しています。 無いとは思いますが、無断転載(盗作)、複製等は禁止です。 閲覧者様の暇つぶしになれたら幸いです。

わすれなぐさ

「わすれなぐさ」(2018年7月作)
 
「どちらさまですか?」
と、母は私に問いかける
田園に囲まれた特別養護老人ホームの一室で
私が見舞いに行く度に
母は私に問うのだ
「どちらさまですか?」と
「私はあなたの娘です」という言葉が
喉元までせり上がってくるのをこらえ
「通りすがりの者です」と
私は優しい嘘つきになる
「通りすがりの私」は笑顔を作り
母へひとつだけプレゼントを贈る
わすれなぐさの押し花がついた
小さい長方形のしおり
母はそれを手にとってあどけなく笑い
「あら ありがとう」と喜んでいる
そしてふと我に返って私の顔をしげしげと見つめ
「ところであなたはどちらさま?」と問う
私は本名を口にするのをぐっと我慢して
さらりと言うのだ
「通りすがりの者です」と
すると母はきょとんとして
再びしおりに目を向ける
「……あの子はどこにいったのかしら」
そう呟く母の存在が
こんなに近いのに果てしなく遠い
 
母から流れ落ちていく記憶の濁流
その濁流にのまれながらも
私は一枚のしおりを作った
 
ただひとつだけの想いをこめて
母に贈りたいこの花言葉
届かぬものと分かっていながらも
母に伝えたいこの花言葉
 
――私を忘れないで
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