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私が今まで書いてきた詩を掲載しています。 無いとは思いますが、無断転載(盗作)、複製等は禁止です。 閲覧者様の暇つぶしになれたら幸いです。

郷愁

「郷愁」
 (2026年5月30日作)

学校の教室の机には
カッターで刻まれた相合傘
トイレの個室の壁には
誰に宛てたか知らぬ
愛の言葉と罵詈雑言
広い運動場にもプールにも
たくさんの生徒たちの汗が混じる

一年に一度
歩き慣れた校門から
生徒たちは飛び立っていく
皆が同じ教室で過ごした日々は
物語ではなくて
確かに存在していた過去
深い地層のように
君たちの心の奥に残り続ける

未来の君たちの脳裏に
そよ風のようによぎるその思い出は
今の君を形作った軸
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うさこ

「うさこ」
 (2026年5月24日作)

薄い桃色で手のひらにすっぽり収まるサイズの
うさぎのぬいぐるみを持っている
名前はうさこ
幼い頃の私がつけた安直な名前
私はいつもうさこと一緒だった
ままごとをするときも おえかきをするときも
学校の宿題をするときも テレビを見るときも
そのやわらかな体に触れれば
傷つけられた悲しみも
どうしようもない寂しさも
幾分やわらいだように思えた
時は経ち 日々は忙しく
私はうさこをソファの上に置いたままにして
うさこに構う時間がなくなっていった
気がつけば私の年齢は
「いい大人」と呼ばれるような数字になっていた
気がつけばうさこもすっかり薄汚れていて
部屋のインテリアに似合わなくなっていた
「そんなおんぼろなぬいぐるみ、捨ててしまえ」
と、父が言う
「ぬいぐるみなんて捨ててしまいなさい」
と、母が言う
私は「そうだね」と言いながら
リビングのソファにいたうさこを抱えて
自分の部屋に持って行った
私は何度もうさこをゴミ箱に入れようとした
でも、できなかった
うさこはただの古ぼけたおもちゃじゃなかった
うさこは小さい頃から私を見守ってくれていた
私はほこりだらけのうさこを丁寧に手洗いし
晴れた日にベランダに干して
うさこをきれいにした
ちょっとくたびれているけれど
うさこはがらくたなんかじゃない
うさこは昔と変わらない茶色の丸い目で
今日も見守ってくれている
「いってきます」と、うさこに言えば
「いってらっしゃい」と、うさこは言う
「ただいま」と言う私に
「おかえり」と言ううさこ

ぬいぐるみという枠を超えて
うさこはもうずっと前から
私の家族になっていた

末路

「末路」
 (2026年5月18日作)

あんなに可愛がっていた犬を
いらなくなったら捨てちゃうの?
ずっと一緒にいた猫を
いらなくなったら捨てちゃうの?

すべての犬や猫たちには
命があって心もある
保健所の暗く冷たい地べたで
震えながら丸まっている犬や猫たち
もう先が長くないということを
みんな分かっているんだ

ペットの最期を看取る覚悟もなく
生き物を飼うの?
家族の一員だった存在を
平気で処刑場へ連れて行けるの?

その手には
あの犬の あの猫の ぬくもりは
もう残っていないの?
やわらかな毛並みの感触も
飼い主を見つめる
あたたかで優しいまなざしさえも

星空の下で

「星空の下で」
 (2026年5月17日作)

僕の記憶のページをめくれば
君のことはいつだって思い出せる

二人で夜空を見上げて
名も知らぬ星と星とを
適当に繋ぎ合わせて
架空の星座を作り上げたね

学校の帰り道に公園に寄って
君はブランコ 僕は砂場
空の果てまで飛べそうなくらい
勢いよくブランコをこいでいたね
そのとき砂場で見つけたビー玉を
僕は大事に持っている

今でも僕は夜空を見上げれば
あの架空の星座を見つけられるよ
今でも僕は昔公園で拾った
あのビー玉を持っているよ
それを握りしめながら
君を想う
二人で作った星座の下で
今夜も僕と君は
生きているんだ

儀式の崩壊

「儀式の崩壊」
 (2026年5月11日作)

数多の人が闘牛場に集まる中で
一頭の牛がもうもうと鳴く
真っ赤なムレータを片手に
一人のマタドールが
牛にとどめを刺そうとしている
そのときに牛の目と人間の目が
ぴたりと合って
マタドールは動けなくなった
牛も動かなくなった
一定の距離を保ったまま
二つの命が対峙する
よどみのない牛の目の中で
マタドールは剣を捨て、
膝をつき、涙を流す
しばらくその場にたたずんでいた牛は
おもむろにマタドールに近づいていく
牛の体温を確かめるように
マタドールは座り込む牛を抱きしめる
賑やかだった闘牛場が
しんと静まり返る
そこでは一頭の牛と一人の人間が
ただぴったりと寄りそっている
その厳かな静寂の中で
もうもうと
牛がなく