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私が今まで書いてきた詩を掲載しています。 無いとは思いますが、無断転載(盗作)、複製等は禁止です。 閲覧者様の暇つぶしになれたら幸いです。

現実逃避

「現実逃避」
(2025年2月2日作)

平凡な日々の中では
平然とした態度で
「神様なんかいない」
と、様々な仮説を
ばっさりと切り捨てる

だけど大切な人の命が
今にも燃え尽きてしまいそうなとき
両手を組んで遠い青空を凝視する
「神様」
と、藁をもすがる思いで祈る
無神論者のくせに
苦しいときだけ神を肯定したくなる

平凡な日々の中では
平然とした顔で
「幽霊なんかいない」
と、様々な仮説を
あっさりと無かったことにする

だけど大切な人を亡くし
お墓参りへ行く度に
両手を合わせ、墓石に向かって
「元気?」
と、亡き人へ優しく語りかける
幽霊の存在を否定したくせに
幽霊でもいいからあなたに会いたいと
ひとり 静かに涙を流している
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「命」
(2025年1月21日作)

与えられたひとつの命は
必ずいつか失うときがくる

若人は未来を憂い
「死にたい」
と、涙目でぼやく

老人は過去を羨み
「生きたい」
と、涙目で呟く

与えられたひとつの命の
消費期限を
誰も知らない

与えられたひとつの命の
そのとんでもない価値を
誰もがよく忘れる

与えられたひとつの命は
奇跡の賜物
この地球上に
私も小さな足跡をのこしてみたい

邂逅

「邂逅」
(2024年4月29日作)

道ばたの雑木林のそばを通り過ぎるとき
幼い私と私の友だち数人の幻が
はしゃぎながら雑木林の中へ入っていく
不意に初夏の風が吹きつけてきて
私の髪や心を揺する

あんな風に屈託のない笑顔を
他人に見せていたのは
一体何歳までだったのだろう

記憶は楽しかった日々ばかりを抜粋して
これみよがしに私に見せつける

あの雑木林の中には
廃墟と化した家はまだあるだろうか
かん高い声で鳴く野鳥は
今も棲みついているのだろうか
過去の私と私の友だちの幻は
まだそこで遊んでいるのだろうか

「立入禁止」と赤い文字で書かれた立て札を
見なかったことにして
私はおぼつかない足取りで
雑木林の中へ進んでいく
こんなことをしたって
過去と戯れることなんてできないと
分かっているのに
草いきれの中、私は落葉を踏みしめて
眩いあの日々を探しにいく

「雨」
(2024年9月22日作)

酸性雨を浴びた銅像が
両目から涙を流している
乾いた血のような赤黒い涙を

酸性雨を浴びた森林が
黒く汚れて枯れ葉だらけになっている
まるで退廃的なオブジェのように

酸性雨を浴びた川や湖で
魚も昆虫も甲殻類もプランクトンも
みんな みんな 幻のように消えていく

地球を守るために
私たちは動き出さないといけない
地球を守ることこそが
私たち人間を守ることにも繋がっていく
車を使わず歩くだけでもいい
エレベーターを使わず階段を使うだけでもいい
小さな努力が積もり積もって
大きな成果へ繋がっていく

そして いつか 私たちに降り注ぐ雨が
きれいな雨になったとき
銅像は変色しないだろう
森林は青々と生い茂るだろう
川や湖の生き物たちはよみがえるだろう
私たちがいなくなった未来で
子どもたちは生き生きとして
水たまりを踏んで遊んでいるのだろう

葉桜

「葉桜」
(2024年3月29日作)

「こんな病気になって
 あんたは幸せって思えるときがあった?」
という何気ない母の問いかけが
喉に刺さった魚の小骨のように
私の心に突き刺さっている

改めて考え直してみると
幸せだと思えるときが
あったような なかったような

日課の散歩をさぼって
家から一番近い公園の
桜の木の下のベンチに座る

はらはらと舞う桜の花びらは
死へと向かう悲しみで
こぼれ落ちる涙にも似て――

私は桜に問いかける
「こんなあっけなく散ってしまって
 あんたは幸せって思えるときがあった?」
そのとき、どうっと風が吹いて
大量の花びらが一斉に飛翔した
葉桜になりかけたソメイヨシノを見上げて
私は自らが口にした愚問を頭の中で取り消した

――生きているだけで 幸せよ