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私が今まで書いてきた詩を掲載しています。 無いとは思いますが、無断転載(盗作)、複製等は禁止です。 閲覧者様の暇つぶしになれたら幸いです。

母のうた

「母のうた」
(2020年2月9日作)

老人ホームに入居する日の朝
空はすっきりと晴れていた
私の心と真逆の美しい青が広がっていた

ワゴン車の後ろの席には荷物と私
運転席には私の息子が乗りこんだ

「シートベルト ちゃんとしてよ」
と、警告する息子に「ハイハイ」と生返事
いつから息子は私に命令するようになったのやら
昔はいたずら坊主で手のかかる少年だったのに
今 その息子の頭には白髪が無数に生え、
顔にはほうれい線がくっきりと刻みこまれている

老人ホームは いわば現代の姥捨て山ね
と、息子に皮肉を言いたくなった

車窓から見える景色が
見慣れた町から田んぼだらけの風景へと変わっていく
老人ホームに近づくにつれて
不穏になる心をなだめるように
小さな声で歌を歌った
それは息子によく聞かせた
なつかしい子守歌
小さな息子を背負いながら
何度も歌った子守歌

息子はこの歌を覚えているだろうか?
ちらりと前方を見やると、
息子はハンドルを握りしめたまま
微かに震えているようだった

今の私はまるで
息子に背負われ山へ捨てられる
姥捨て山の老婆そのものね
と、そんな皮肉も思い浮かんだけど
私は何も言わなかった
無言の代わりに子守歌を歌った
これは年老いた私のささやかな抵抗
微かな嫌がらせ
意地悪なおばあさんになった私は
老人ホームに到着するまで
その子守歌をずっとずっと歌い続けていた
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ほたる

「ほたる」
(2006年11月~2008年9月頃作)

ほたるよ
ほたる
足もと照らせ
暗い小道を転ばぬように
照らしておくれ
やさしい明かりで

ほたるよ
ほたる
夜闇を浮かべ
川のせせらぎ聞こえるほうへ
招いておくれ
やさしい明かりで

ほたる
指と指のすきまから
こぼれ出てくる宝石の粒
ほたる
草原を星空に変えて

ほたる
消えるな
消えてはいけない
草木のもとで
私のそばで
光を灯し続けていて

ほたる
ほたるよ
ほたるよ
ほたる

静寂

「静寂」
(2004年6月~2004年10月頃作)

あなたのために並べた食器が
いつもからっぽなのは何故でしょう
あなたのために用意した寝床が
いつまでもからっぽなのは何故でしょう
あなたの座っていた椅子に
埃が積もっていくのは
あなたの着ていた服に
箪笥の匂いが染みついていくのは

本が黄ばむように
記憶は色あせていきません
インクが切れるように
記憶は消えてはくれません

あなたのために並べた靴が
ずっと新しいのは何故でしょう
あなたのために用意した煙草が
一本も減らないのは何故でしょう

あなたのことならいつでも思い出せますよ
まるでここにいるかのように
あなたとの約束を忘れていませんよ
まるで昨日交わしたみたいに
でも
あなたの「ただいま」は
いつになったら聞けますか
私の「おかえり」は
いつになったら言えますか

電話は こんなに静かです
玄関は こんなに静かです

HOME

「HOME」
(2003年7月~2003年12月中旬作)

パパ
プレゼントはもういらないわ
果たされることのない約束も
ただ お家に帰ってきてほしいだけなの

ママ
私の習い事をこれ以上増やさないで
合わぬ目で返す乾いた相槌も
ただ 笑っていてほしいだけなの

ひとつのテーブルをみんなで囲んで
ごはんを食べたいの
なんにもいらないの
ここにいたいの
ここにいてほしいの
どこへも行きたくないの
どこへも行かないで
だって ここが
私たちの家でしょう?

最愛のあなたへ

「最愛のあなたへ」
(2003年7月~2003年12月中旬作)

老いたあなたは
隠し通してきたあの人の名で私を呼ぶ

咲きほころんだ花々の中
あなたは無邪気な笑顔になった
私は車椅子を押して
とけてしまいそうなそよ風を見た

破れかけた古い写真に
楽しそうなあの人とあなたがいた
壊れてしまった愛ほど
美しいものはないのかもね

硬くざらついた指が
確かめるように私を撫でる
あなたは目を細めながら
しゃがれた声であの人の名を……

もう いいのよ
あなたは十分優しくしてくれた
申し分ない愛を注いでくれた
二人でここまで来れた
それが全部ひっくり返っても
かまわないのよ
だって私は幸せだったから
幸せに生きてこれたから

老いたあなたは
子どものように
洗いざらしの想いを語る
泣かないでと言った後で
あの人の名で私を呼ぶ
どこまでも愛しそうに あの人の名を……